「明日」をつくる生活。

テクノロジーを取り入れた教育の普及に取り組む NPO で働いています。

支援って何だろう

 私のところによせられるメールで多いご質問は「何が足りないのか、必要な物はないか」ということです。気仙沼小学校の備品や教材については「ない」というのが答えです。くり返しになりますが、気仙沼小学校自体は津波の被害を受けてはいないので、校舎も無事ですし、流出した物もありません。ですから、震災以前にあったものはそのままあるのです。
 ただ、児童の中には、自宅が津波の被害にあって、学習道具が流されてしまったり、使えなくなってしまったりした子がいます。また、他校から津波の被害のために自宅を離れて転入してきた子もいます。そういう子ども達には教科書やドリルなどの教材、体操着などが必要ですが、それは教育委員会を通じて手配されていたり、保護者がその子に合う物を購入して、その代金が助成されるようになっています。個別の状況を把握して発注し、納品され、それが個々の子どもの手に行き渡るまでにはどうしても時間がかかりますが、近々解消されるのではないかと思います。
 ですから、同じ物をまとまった数で送られても持て余してしまうことになります。「何かできることはないか、せめて物を送りたい」という気持ちはとても尊いと思うのですが、被災地の現状を正確に把握し、ニーズに合った物を送らないとかえって善意が無駄(場合によっては迷惑)になってしまいます。同じ気仙沼小学校にいる子どもでも状況は多様です。
 さらに、同じ校舎で生活している南気仙沼小学校の状況は全く違っていることが想像できます。南気仙沼小学校は、3階まで津波に襲われて校舎が使えなくなったので気仙沼小学校に間借りしているのです。電話、コピー、ファクスなど職員室の機能を支える機器も一からそろえなければなりません。昨日はNTTの方から災害支援の方がファクスとコピーの複合機と思われる物を搬入されていたようです。しかしそれも「ようです」としか言えません。
 現地にいて気になっていながら現状をつかめていないのは申し訳ないのですが、今、私が専念すべきは目の前の子ども達と向き合うことと考えていますので、どうぞご容赦ください。
 物資の支援を考えるのなら、どうやって被災地(者)の個別のニーズをつかむのか、どうやってそれに合わせてピンポイントに物が届くようにできるのか、そのシステムを確立するための努力が必要なのではないかと思います。そして、まだまだ物資面での支援が必要なところもあるとは思いますが、そろそろ長い復興の道を支えるための支援のあり方を考える時期だと思うのです。そのことについてはまた書きたいと思います。