竹谷の仕事。

小学校でのプログラミング教育の普及に取り組んでいます。

当たり前のことをほめる

 以前、あるお母さんから、「ほめることが大事だというのはわかってるんですが、うちの子、ほめられるようなところが全然なくて…」と言われたことがありました。「ほめる」というと、優れたところを探さなければならないと考えがちではないかと思います。また、別のお母さんからは、「うちの子の通知表は、全部『できる』(3段階評価の真ん中)なんですけど、いいところはないんでしょうか?」と聞かれたことがあります。特別に優れたところがないと、まるで個性がないように思ってしまって、何か見つけなくてはダメだと思ってしまうこともあるようです。
 でも、当たり前のことが当たり前にできることには価値があるんだと考えれば、ほめることが見つかるのではないでしょうか。また、大人が当たり前だと思っているレベルが、子どもにとっては当たり前ではないということもあります。そして、ほめる「ところ(特質)」を見つけようとするのでなく、ほめる「こと(行動)」を見つけようとすれば視野も広がります。「当たり前のことをほめる」とは、望ましい状態に至る過程をスモールステップに分解し、一つ一つの行動を認め励ますことと言い換えてもいいでしょう。
 以前、1年生を受け持ったとき、牛乳が一口も飲めない子がいました。「ぼく、牛乳飲めないんだ…」とビンを見つめながらつぶやいているのを見て、上から1センチぐらいのところを指さしながら、「がんばってここまで飲んでごらんよ。」と声をかけて他の子の様子を見に行きました。少しして戻ってみると、ちゃんと1センチほど飲んでいました。「えらいじゃない!」と私が言うと、「だって、ちょっとしか飲んでないんだよ。まだこんなに残ってる。」と曇った表情でまたビンを見つめています。私は「いや、がんばったじゃない。だって、昨日まで全然飲めなかったのが今日はちょっとでも飲めたんだもの。急に全部飲もうとしなくていいよ。」と言いました。同じ班の子も「そうだよ、○○君、がんばったよ!」と言ってくれました。すると、その子の表情がすうっと晴れていきました。何日かそんな日が続いた後、「今日もがんばれてえらかったね。この次はここまで飲んでみようか?」と上から2〜3センチのところを指さして言ってみました。その子がこっくりとうなずくのを見て、他の子のところに行きました。しばらくして、「先生!先生!」と呼ぶ声。見てみると、なんとその子が空になったビンを持って、満面の笑顔で「全部飲んじゃった!」と知らせてくれたのです。私はもちろん「すごいねー、ちょっとでいいって言ったのに全部飲めちゃったんだ。えらいねー。」と思いっきりほめてあげました。
 この子は自分でも飲まなくちゃと思っていたのだけれど、飲めない自分が悲しかったのでしょう。そして全部飲まなきゃいけないと思っていたので心理的なハードルがとても高くなっていて前に踏み出せずにいたのだと思います。しかし、そのハードルを下げてそれを乗り越えていくことで自信がつき、ゴールに到達することができたのだと思います。牛乳は1本全部飲んで当たり前、と思っているとこういうことはなかったかもしれません。大人の側がちょっと見方を変えてあげると、子どもも自分自身の見方が変わり、自信をもって次の行動に進める可能性が広がります。ずっと以前の私は、ほめることの基準を下げると、到達点も下がってしまうような気がしていたのですが、高い目標に達するにはそこに至る過程が必要なのだということを、今は考えるようになりました。
 どうでしょう。「〜でなくてはならない。」、「〜であって当たり前」という見方に固まっていないかどうか振り返ってみると、新しく見えてくることがあるのではないでしょうか。


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