「明日」をつくるしごととくらし

テクノロジーを取り入れた教育の普及に取り組む NPO で働いています。

2020年に向けて

 小学校の新学習指導要領の完全実施まで2年4か月を切りました。プログラミング教育は英語教育などに比べ先生方にとってイメージしにくいものです。「2年4か月もある」ではなく、「2年4か月しかない」と考えて準備を進めていただきたいと思います。2020年にスムーズなスタートを切るためには今のうちから準備を進めることが必要です。

 準備する内容については、研修体制・教育課程・環境整備の3つの面から考え、それぞれについて時系列で取り組む段取りを立てていくとよいと思います。例えば以下のようなイメージです。

年度 2017(平成29)年度 2018(平成30)年度 2019(平成31)年度
研修体制 必修化の趣旨について理解を深める 校内での研修リーダーを育成する 校内での研修サブリーダーを育成する
教育課程 実践事例に触れる 実践事例を集める 事例をもとに自校での展開を計画する
環境整備 必要な教材等の情報を集め予算を措置する 段階的に導入を進め中核になる先生が使えるようにする 全ての先生が実際に触れて授業に使えるようにする

研修体制

 研修では、プログラミング教育必修化の趣旨について理解を深めることがまず重要です。社会のあり方が大きく変わって行くこれからの時代を生きる子どもたちにとって不可欠な資質・能力を育てるものであるという認識を先生方がもてれば、自然と主体的に取り組もうという意識につながっていくことと思います。反対に、先生方にとって必要感がもてなければ、よい実践にはつながらないでしょう。
 最初から全ての先生に理解してもらおうと考えてもうまく行かない部分があります。まずは具体的な授業がイメージできる事例を、模擬授業のような形で体験的に理解することが効果的です。そして中心となって取り組むリーダーを育て、校内でプログラミングを取り入れた授業が見られる機会をもてるようにします。身近にモデルとなる存在がいることは、特に若手の先生方にとって重要です。そして次の段階として核となる先生の周りに2〜3名のサブリーダーを育てて、さらにその他の先生方を巻き込んでいくようにしていく体制をつくるというように段階を追って軌道に乗せていく必要があります。

教育課程

 研修と並行して、体系的にプログラミング教育に取り組むための指導計画作成を進めていかなければなりません。小学校の新学習指導要領解説 総則編85ページには、以下のように書かれています。

したがって,教科等における学習上の必要性や学習内容と関連付けながら計画的かつ無理なく確実に実施されるものであることに留意する必要があることを踏まえ,小学校においては,教育課程全体を見渡し,プログラミングを実施する単元を位置付けていく学年や教科を決定する必要がある。(中略)例示以外の内容や教科等においても,プログラミングを学習活動として実施することが可能であり,プログラミングに取り組むねらいを踏まえつつ,学校の教育目標や児童の実情等に応じて工夫して取り入れていくことが求められる。

 ほとんどの先生方が経験したことがなくプログラミングそのものについての理解が十分でない中、教育課程全体の中にプログラミングを実施する単元を位置付けていくことは容易なことではないと思います。「計画的かつ無理なく確実に実施される」ためには、実際の授業を行う先生方にとってプログラミングを取り入れることの意義が理解され、具体的なイメージができている必要があります。そのためには、早め早めに情報を集めて前述のような研修体制を確立するとともに研究授業など実践的な理解の場を設定することが必要です。

環境整備

 また、プログラミング教育の目指すところはコンピュータなどの情報技術を問題解決に適切に活用することにあるのですから、アンプラグドの授業だけで済ませてしまっては不十分です。授業を行うのに必要な機器・設備・教材等の環境を整備することが必要であり、そのための予算措置が必要です。どんなものが必要なのか、自校にとって適切なものはどれかを見極めなくてはなりません。
 さらに、前述の解説87ページには以下のような記述があります。

 加えて,情報活用能力の育成や情報手段の活用を進める上では,地域の人々や民間企業等と連携し協力を得ることが特に有効であり,プログラミング教育等の実施を支援するため官民が連携した支援体制が構築されるなどしていることから,これらも活用して学校外の人的・物的資源の適切かつ効果的な活用に配慮することも必要である。

 学校外の人的・物的資源をいかに活用して教育活動を充実させるかということも「社会に開かれた教育課程」を実現していく上で重要なポイントです。しかし、地域や企業との連携といっても、すぐに学校の実態に合わせた協力が得られるわけではありません。互いに理解を深め、信頼関係を構築していく上では一定の時間が必要です。
 こうして考えてみると、残された時間はあと2年4か月「しか」ないということがご理解いただけると思います。新学習指導要領の完全実施を滞りなく迎えるための準備、皆さん方のところでは着々と進められていますでしょうか。

夏をふり返って

 今年の夏は、日本各地に研修会やセミナーで伺いました。夏休みがまだ終わっていない地域もありますが、大きな移動が一段落したところでこの夏の活動をふり返ってみたいと思います。

 総移動距離(大きなもの、直線距離)は、
東京〜加賀 315km 3往復 1,890km
東京〜鳥取 495km
鳥取〜大阪 145km
大阪〜東京 395km
東京〜札幌 835km 往復 1,670km
東京〜福岡 885km 往復 1,770km
合計 6,365km になりました。改めて見てみると、自分でもびっくり。計算間違いしてないでしょうか。1か月の間に日本国内をこれだけ移動することってなかなかないですよね。うちの代表の利根川はこれを上回っていますので、1万kmいってるんじゃないかな。
 お声がけいただいた皆様、ありがとうございました。おかげさまでまたとない経験ができています。

小学校でプログラミング?(その5)文科省有識者会議→中教審答申→学習指導要領

 これまで、IoTやAIにといった技術の進化がもたらす第4次産業革命によってこれからの生活や社会は大きく急速に変化する可能性が高いということについて述べてきました。そういった認識が基になってプログラミング教育の充実という政府の方針が打ち出されたのです。そして、その方針を受けて文部科学省がその具体化を図ることになり、小学校段階における論理的思考力や創造性、問題解決能力等の育成とプログラミング教育に関する有識者会議が設置されました。長いので以後「有識者会議」とします。
 この会議は2016年5月13日、5月19日、6月3日の3回開催されました。議事録がWeb上で読めるようになっています。

 そして、6月16日に議論の取りまとめが出されました。

 この取りまとめが、中央教育審議会 初等中等教育分科会 教育課程部会 小学校部会の第7回(6月23日)で取り上げられ、小学校におけるプログラミング教育が12月21日に出された中教審の答申に盛り込まれました。
 そしてそれを受けて2017年3月31日に次期学習指導要領が公示されました。さらに6月21日にその解説が公開されました。
 以上、小学校プログラミング教育必修化について文科省関連の流れをまとめました。

小学校でプログラミング?(その4)人工知能(AI)とは

 AIというと思い出すのは、ドラゴンクエストⅣで採用されたAI戦闘システムです。それまではモンスターと戦うときに個別にコマンドを入力しなければならなかったのですが、ドラクエⅣからは「ガンガンいこうぜ」や「いのちだいじに」という大まかな方針をプレイヤーが決定すればあとは自動的に行動してくれるので楽になりました。しかし一方でプレイヤーの思惑とは違う行動をとってしまい、残念な結果に終わることもありました。
 ドラクエⅣの発売は1990年、今から27年も前のことです。今から考えればAIとは言えないようなものかもしれません。しかし、状況に応じてコンピュータが自動的に動作するという点では現在および未来の人工知能に通じる側面をもっているのではないでしょうか。AI戦闘モードをうまく使いこなすには、どのような要素を元にコンピュータが行動を決定しているのかということを知ることが必要です。また、知っていてもコンピュータ任せではうまく危機を切り抜けられない場面もあります。
 このところ、人工知能という言葉が取り上げられる機会が多くなってきました。技術の発達により、人工知能が身近な場面に適用されるようになってきたためです。以下の記事では医療や自動車、金融、小売などさまざまな活用事例が紹介されています。
pc.watch.impress.co.jp
 この先、人工知能の技術はさらに進化し、ますます私たちの生活の至るところで活用されるようになることでしょう。そのような背景を踏まえ、新学習指導要領の解説・総則編にも冒頭のページで以下のように記述しています。

 こうした変化の一つとして,人工知能(AI)の飛躍的な進化を挙げることができる。人工知能が自ら知識を概念的に理解し,思考し始めているとも言われ,雇用の在り方や学校において獲得する知識の意味にも大きな変化をもたらすのではないかとの予測も示されている。このことは同時に,人工知能がどれだけ進化し思考できるようになったとしても,その思考の目的を与えたり,目的のよさ・正しさ・美しさを判断したりできるのは人間の最も大きな強みであるということの再認識につながっている。

子どもたちがこれから生きていく時代は、「厳しい挑戦の時代」であり、大きく急速に変化するため予測が困難であるとしています。その変化の一つとして人工知能の進化を冒頭に取り上げているのです。
 その人工知能は、コンピュータをプログラムで動かすことによって実現されています。未来を生きる子どもたちにとって、コンピュータが動く仕組みについて基本的な理解を身に付けておくことは必須の素養と言えるでしょう。プログラミングとはどのようなことなのか、コンピュータを人間が意図したとおりに動かすにはどうしたらいいのかということがわかっていれば、機械に振り回されることなく人間にとってよりよい使い方をすることができるのではないでしょうか。そしてそれが多くの人々にとっての常識になっていれば、新しい社会を一部の専門家だけに任せるのではなく、みんなで担っていくことにつながるはずです。
 小学校段階からプログラミング教育を取り入れていくことは、今後ますます人々の生活にとって必要不可欠になるコンピュータという存在について理解し、将来の社会を形づくるための力を子どもたちが身に付けるために必要なことなのです。
 なお、人工知能について理解する上で以下の書籍が参考になりましたので、ご紹介します。

小学校でプログラミング?(その3)第4次産業革命とは

 引き続き、プログラミング教育必修化の背景を理解するために必要な「第4次産業革命」について書きます。「第4次産業革命」という言葉が使われるようになった発端は、2011年に発表されたドイツの「インダストリー4.0」という研究開発プロジェクトです。(参照:インダストリー4.0とは何か?:日経ビジネスオンライン)生産プロセスにデジタル技術を導入して、人件費を減らし生産コストを極小化することを目指しています。では、なぜ「4.0」なのかについてはこのように言われています。(引用元:インダストリー4.0 - 第4次産業革命で、もっとつながる世界 - ドイツ生活情報満載!ドイツニュースダイジェスト

18~19世紀に英国で起きた、蒸気機関の発明による第1産業革命。19~20世紀、石油と電力を活用し、大量生産を可能とした第2次産業革命。そして、20世紀後半からのコンピュータ制御を活用した第3次産業革命。ここまでは、歴史を振り返って名づけられたもの。第4次産業革命は、ドイツ政府が次の時代を見据えて発表した技術戦略「インダストリー4.0」によって、世界に強烈な印象を与えました

これまでも産業にコンピュータを利用して自動化を進めてきましたが、それは個別の制御かネットワークを利用しても単一企業の内部にとどまるものがほとんどでした。しかし、インターネットの爆発的な普及やコンピュータの処理能力の指数関数的向上は生産のあり方も変えようとしています。その代表的なものが「IoT(Internet of Things=モノのインターネット)」であり、「AI(Artificial Intelligence=人工知能)」の利用です。そしてその利用は、生産プロセスばかりでなく社会の仕組みそのものを変えていく可能性を秘めています。
 IoTとは、さまざまなモノ同士がインターネットに接続することによって相互に情報交換し制御し合う仕組みのことを言います。これまでインターネットは、人間がPCやスマホタブレットなどを使って通信し合うためのものでした。しかし、センサーや無線の技術が発達し低価格化が進むことによって、モノそのものがインターネットにつながって互いに通信し合うことが可能になってきたのです。IoTの活用事例には、例えば以下の記事に書かれているようなものがあります。
mayonez.jp
 第4次産業革命を支えるもう一つの大きな柱であるAIについては、また次回書くことにします。

 

小学校でプログラミング?(その2)必修化の提言に至るまで

 前回から半月以上が過ぎてしまいました。このところ、船橋市や杉並区での研修会、指導教員養成塾の入塾式などがあり、そちらの方に意識が行っていました。少し時間があるうちにペースを上げて取りもどしたいと思います。

 さて、前回は産業競争力会議文科省有識者会議→中教審答申→次期学習指導要領という国の動きについてざっと書きました。今回はそもそもの発端になった産業競争力会議での議論を見ていきましょう。
 まず、産業競争力会議についてです。この会議は、日本の産業の競争力強化や国際展開の促進について調査審議するため、内閣総理大臣を議長として関係閣僚と民間有識者により構成された会議です。(参照:さんぎょうきょうそうりょくかいぎ【産業競争力会議】の意味 - goo国語辞書)ざっくり言うと今後の日本のあり方に関わる会議ということです。
 その第26回の会議で馳文部科学大臣(当時)が「発達の段階に即したプログラミング教育の必修化を図る」と発言しました。(配付資料議事要旨)会議のまとめとして安倍首相も言及しています。(→プログラミング教育を小中必修に 安倍総理が提言)政府全体の方針として示されたということです。プログラミング教育必修化はこのときいきなり出てきたわけではなく、2013年に出された成長戦略の素案(46ページ)にすでに盛り込まれています。
 上記の配付資料をご覧いただくと、タイトルが「第4次産業革命に向けた人材育成総合イニシアチブ」となっていて、プログラミング教育は「情報活用能力の育成」に位置付けられていることが分かります。

 ここで私は、「ん?第4次産業革命って何?」と立ち止まってしまいました。プログラミング教育必修化に関するキーワードと思われますので、この言葉について次の記事で改めて取り上げることにします。

小学校でプログラミング?(その1)必修化についての国の動向

…という疑問をおもちの方もおられるのではないでしょうか。普及を進める立場としては理解を得られる努力が大切になります。そのためにこれまでの経緯を改めて整理しておきたいと思います。
 下記のグラフは過去2年間に「プログラミング教育」という語が検索された頻度を表しています。

2016年4月下旬頃から検索されることが増え、今年の1月前半にピークを迎えていることが読み取れます。昨年4月下旬というのは第26回産業競争力会議で初等中等教育におけるプログラミング教育必修化の方針が明らかにされた時期です。昨年5月下旬から6月上旬にかけては文部科学省有識者会議が開催された時期です。一番のピーク、今年の1月前半は昨年末に中教審の答申が出され、年末年始を経て仕事モードになって検索されたのではないかと思います。
 そして2月半ばから3月半ばにかけて改訂案についてのパブリックコメント募集を経て3月末、次期学習指導要領が告示されました。小学校では、今年度が周知・徹底の期間、2018(平成30)年からの先行実施(移行期間)を経て2020(平成32)年に全面実施となります。その学習指導要領では、総則と算数・理科・総合的な学習の時間の中に、「プログラミングを体験しながら」という記述が盛り込まれています。
 少し長くなりましたので、今回は国の諸会議や出された文書について時系列で概観するに留め、次回以降さらに詳しく見ていこうと思います。